夕暮れ時の事務所。窓から赤褐色の光が差し込み、部屋の中を照らし出している。 二人しかいなかった。雪歩と真。二人だけ。 「ねぇ、雪歩。頼みごとをしても・・・いい?」 「な、何?真ちゃん」 雪歩は少し驚いた。 それまで二人に会話はなく、雪歩は沈黙に歯痒さを感じていたものの、 こちらから話しかける機会は全く無かったから。 「あのさ、今度テレビ番組で、社交ダンスを踊るんだ」 「うん」 「それで」 「それで?」 「…雪歩に練習を手伝って欲しいんだ」 真が頭を掻く仕草をする。 「…私でいいの?私よりも」 「雪歩に頼みたいって思ったんだ!…それじゃ、駄目かな…」 続く言葉を遮られる。ちょっぴり嬉しかった。 「…うん、手伝う」 部屋はまだ、あかい。 「こ、これでいい?」 腰に手を添え、掌を合わせると真の暖かさが伝わってきた。 心臓の鼓動が高まり、胸が苦しい。でも、幸せな苦しさだった。 「もうちょっと、腰を寄せなきゃ」 雪歩はそう言うと、グッと引き寄せた。体が密着する。 こんなにくっついたら、自分がどれ程緊張しているかばれてしまうのに、 体が勝手に動く。 ゆっくりとステップを踏む。 音楽をかけていたはずだった。 しかし耳に入ってくるのは、二人の揃った靴音、ドキドキという胸の音、そして真の息遣いだけ。 時間も空間も浮遊して、自分の境界がぼんやりとする。 まるで体が水に溶けてしまったかのようだった。 気がつくと辺りが真っ暗になるまで二人は踊り続けていた。 もう二度とこんな経験は出来ない気がした。だけど、それでもよかった。 その日、雪歩は永遠を一瞬の中に見つけた。