私の友人ミキ・スターウェルは探偵業を営んでいます。 今までに来た依頼の内容は分類すら出来ないほど様々で、 時には大々的に報道されるような重大事件を手がけることもあります。 例えば、バンナムシティ中を震撼させた、連続婦女搾乳魔パーバストイ・タッチャーを おにぎり三個分の依頼料で鮮やかに追い詰めたのも彼女ですし、 先日の愚民党幹部失踪事件や、トカチ州で起こった紳士同盟事件の解決も彼女の功績です。 しかし、ここではこれらのような華々しい事件ではなく、 小さいけれど、ミキの明晰さがよく分かるような事件を紹介したいと思います。 その方が私たちにとっても、読者の皆様にとっても、より好都合だと思うからです。 * 「こんにちは。スターウェルさんはいらっしゃいますか?」 それは、春浅くまだ肌寒い午後の事だった。 事務所のドアをノックする音に続いて訪問者の声が聞こえる。 「誰か来たみたい。ハルカ、見て来てよ〜」 つい先程までスヤスヤと寝息を立てていたミキは、 ソファーに寝そべったまま、さぞかし面倒臭そうに言った。 「もう、ミキ!寝てるなら自分で出てよう!」 キッチンで夕食の準備をしていた私は、リビングの方へ首を回して叫んだ。 しかし一向にミキは動こうとしない。 「やだー」 「おにぎり用のお米研いでるんだよ!おにぎり作らなくてもいいの?」 「それも、やー」 「こんにちはー、スターウェルさーん!」 訪問者の声が間に割って入ってくる。 「もう!」 私は米だらけの手を急いで洗い、エプロンで拭きながらドアへ向かった。 「どなたですか?ちょっと今取り込み中で・・・あっ」 ノブを濡れた手で回し勢いよく開けた先には、よく知っている顔があった。 「すいませ・・・えっ、ハルカ?どうしてここに?」 「ち、チハヤちゃんこそどうして・・・」 「ねー、誰だったのー?お客さまー?」 奥からミキが尋ねる。 「そうだよー!・・・ええと、チハヤちゃん、ここで話すのもなんだから取り合えず中へ入ろ」 「ええ、そうね。お邪魔します」 客間兼リビングへ入ると、ミキがとろんとした目つきでこちらを見た。 「こんにちは、あなたがスターウェルさん?」 「そだよ、あふぅ」 ミキはいつもの癖で、小さく欠伸をした。 「ミキ!お客様の前でしょ!ああ、チハヤちゃん、そこへ掛けてね」 誘導した後、私はテーブルを挟んで、ミキが座っている二人掛けのソファーへ腰を下ろした。 「では、ご用件をどうぞ」 「初めまして。チハヤ・フェブラリーです。今日はお頼みしたい事があって来ました」 「ハルカとは知り合い?」 「はい。同じ学校に通っていました。最近は殆ど会うことも無くなってしまいましたけれど」 「チハヤちゃんが連絡先教えてくれないからじゃない」 「それはハルカも同じでしょう」 私たちが話している間、ミキは眠たそうな目でチハヤを見つめていたが、 思いついたかのようにポツリと呟いた。 「チハヤさん、お歌の仕事してるでしょ?」 チハヤの顔はすぐさま驚きの表情に変わり、私達は顔を見合わせた。 「えっ!どうしてそれを・・・ハルカ、私のこと言ったの?」 「ううん、今まで一度も話した事ないよ。ミキどうして分かったの?」 「簡単な事だよ。それと、あんまり歌にだけ没頭し過ぎるのは良くないと思うな」 「そ、そんな事まで!確かに私は歌い手として働いていますし、 些か熱中してしまう傾向もありますが、どうしてそれを?」 チハヤは少し高揚しているようだった。 対照的に、ミキはまるで当たり前のような顔をしている。 「歌は声と呼吸で分かるよ。 没頭してるのは、その手に持ってるバッグからはみ出てる楽譜を見ても簡単に思いつくし、 チハヤさんは同じ年頃の女の子と比べてあんまり着飾ってないから、 何か他に打ち込める事があるんだろうなって」 「ミキ、着飾ってないとか言っちゃ駄目だよ」 「ああっ、ごめんなさいなの…」 チハヤはふふ、と少し笑ってから、 「気にしないで下さい本当の事ですから。でも、聞いてみると理由は案外単純なんですね」 「何でもそうだよ。難しい事なんてなーんにもないの。それじゃ、続きをどうぞ」